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2018年5月9日水曜日

えんだより 2018.5.9

~えんせいかつより~

春の風に運ばれて"いずみクラス生活学校"は
新しい航海へと出発しました。
春夏秋冬の一年の船旅で、次なる成長の港へと向かいます。
船長は教師が共同で担います。

お陽様の4人が熟練船員でプライドを持ち、
甲斐甲斐しく教師を助けます。
重いテーブルを運び、食事テーブルと椅子を整え、
ランチョンマットを配ります。
コップも拭きます。

人形劇を手伝い、ローソクも吹き消します。
続くお月様の6人は"いつか自分も"という実感を
確かなものにしつつ、熟練船員を見上げながら
少しづつ"仕事"を身につけていきます。

片付けの中心として大籠に細かい玩具を集めますが、
重いので協力が必要です。
スプーンも配ります。

お星様の3人は大変に善なる心から何にでも手を出そうとしては、
年上の子どもから"まだだめ!"と言われます。

そして船長の配慮で丁度良いシンプルな仕事を任されると
満足しつつ少しづつこの船旅に形があることを学んでゆきます。

生活全体への理解の眼差しと、手足の働きの完成度に応じて、
生活の仕事はあてがわれます。
お当番表のようなものはなく、今、その仕事をすることが
その子どもの成長に必要だと直感する教師の判断によって行われます。

船長というのはいつもそういうものですが、
教師の権威は大きいのです。
一人一人の子どもの日頃の成長をよく理解できているか、
今日という特別な日のその子どもにまた新しく出会えているか、
その子どもとの良い関係を保っているか、が問われます。

また教師としてふさわしく振る舞えるように
内的な準備が出来ているかどうかも日々問われます。

責任は大きいけれど教師として、そして親として、
権威をもって子どもを導くことは私達の務めです。

幼児期のとても純粋なよろこびの中にある
私達の小さな子ども達が、その本質に於いて
とても真剣な眼差しを持っていることをご存知と思います。

この世界が生きるに値する本当に善いものなのか、
大人は本当に自分たちを守ってくれるのかと
問いかけています。

公平で寛大な優しさと判断をもって導かれることを
アイスクリームがもらえることよりも大事であると
子ども達は知っています。

そんな愛に満ちた権威をご一緒に努力しつつ
船旅にご参加下さいね。

宜しくお願い致します。

梶村蹊子


2017年4月10日月曜日

〜えんせいかつより〜2017.4.10 vol.2

街は若々しい緑と春のお花で溢れ、それぞれの新たなスタートを
祝福しているかのようです。
園庭のチューリップやタンポポも花を咲かせ、すのこの間からは
かわいらしいトカゲの親子が顔をのぞかせます。

昨年の春、初めての社会生活でお母さんを思い出しては涙ぐんでいた
ひかりクラスの子ども達は、たくさんの栄養を蓄え、
この一年で見違えるほどに成長しました。

何よりも、特別なことではなく、お料理をすること、
草花のお世話をすること、ほつれた布を縫うこと、
そうした日常生活をこなす大人の傍らで、
子どもは自ら生きてゆく力を育むのだということを
子ども達に教えてもらったようでした。

まだ半分赤ちゃんのようなあどけないひかりクラスの子ども達が、
ぐんぐん成長してゆくこの貴重な一年を、
担任として一緒に過ごせることをとても嬉しく、楽しみに思っています。

昨年度と同じく男の子3人でスタートするひかりクラスですが、
教師として、また“幼稚園のお母さん”として、
豊かな日々を過ごしてゆきたいと思います。
どうぞ宜しくお願いいたします。

教師 Y

〜えんせいかつより〜2017.4.10 vol.1

春です。いのちの輝く季節です。
小鳥が歌い、色とりどりの花が咲き始めました。
いのちの復活の春はこの自然界の息吹と響き合って
子ども達が新しい成長を始めるのに本当にふさわしい季節です。

そして幼児期は人生の春に例えられます。
人生の中で全く特別な時間、純粋ないのちの輝く時間です。
その最も印象深い瞬間は、生まれたばかりの腕の中の子どもの、
あの信頼に満ちた何か神聖さの感じられる眼差しに出会った時と
その時に訪れる幸福感ではないでしょうか。

戦火の只中でさえ親を励ましよろこびをもたらす子どもの誕生!
難しさを増してゆくこの世界へ、勇気を持って親を選んで生まれてくる子ども達!

彼らの存在が、私たち大人をより良い親へ、より良い教師へと導き、
より良い明日へという意志を抱かせてくれるように感じます。

子ども達は7年もかかって自分の体を
~この地上で生きてゆく道具となるうつわを~作り上げます。

活発に動き回り、世界と直接に出会い、結びついてゆく衝動の中で、
子どもらしい無心な遊びに浸る中で、そのうつわは完成してゆきます。

シュタイナー教育医学博士のミヒャエラ・グレックラーは
「人間のあらゆる能力表現の基礎が作られる幼児期に、どれくらい感覚を
直接に使って世界を味わい、手足を使って世界を味わったかでそれに応じ
た成長の方向が決まる」と述べています。

子どもらしい無心な遊びが損なわれることの無いように目覚めと
眠りの良いリズムを作るよう努力を惜しまないでいましょう。

既に始まっている新学期の日々、新鮮な期待に満ちた子ども達と出会い、
この園舎で幼稚園生活を再開できる幸せを噛みしめています。

改めまして皆様にお礼を申し上げます。
ご一緒に子ども達を守り育ててまいりましょう。
宜しくお願い致します。

担任教師 K

2015年10月3日土曜日

〜えんせいかつより〜2015.10.1

園から毎月発行される「えんだより」からの抜粋です。

〜えんせいかつより〜

 爽やかで心地よい風が吹き、秋がやってきました。光と熱にうかされていた体と心が落ち着きを取り戻し、楽しい集中力のもたらされる季節です。秋から冬へと自然界はしだいに衰え死へと向かいます。地上にみなぎっていた”いのち”の力は、地中へともぐり、晩秋から冬のあいだ地中は〜地球の内部は〜新しい春へむけての”いのち”に満ちた活力で満たされます。外界の光と”いのち”の力が実際には失われることなく目には見えない地中に引き継がれるように、それは私達人間の内部へももたらされます。心が最も活発に働き”いのち”で満ちるのはこの秋から冬の季節のようです。

 外界の光が私達の内面へと移しかえられる秋の始まりは秋分の日であり、光と闇の季節の丁度中間にあたります。シュタイナー教育に於いては9月29日の"ミカエルの日"がそれにあたり、ミカエル祭は10月一杯つづきます。大天使ミカエルは秋を司る大天使です。闇へ向かう季節の中で恐れずに勇気をもって、内面に光を生み出す努力を支えてくれます。そして闇の只中の冬至に私達の心の中心に一人一人が光を生み出すことがクリスマスの現代的な意味なのだと思います。

 子ども達と毎朝するライゲンではこの季節にミカエルのライゲンをします。”清らかな道を歩いてゆこう。ミカエルと共に歩いてゆこう”と歌い、一歩前へとおごそかに踏み出して、”大天使ミカエル 光の剣を持ち 世界をかけめぐる”と唱えます。

 シュタイナーは闇を、この時代の悪を、唯物主義=物質主義であると言っています。物質的に豊かであることへの衝動にのみこまれて、 人間性を失うことへの警告を既に100年半も前にしているのです。そして今、格差社会の進むなか確実にそんな時代の波にのみこまれています。

 子ども達との生活を”いのち”あるもので満たしましょう。子ども達の生き生きとあそぶ力を萎えさせないようにしたいと思います。それは大人の努力によってもたらされます。朝は登園前にお庭が掃き清められます。そして最初の子どもが登園する時間に室内で子どもが出会うのは、毎朝すべての棚を拭いている教師の姿です。子どもの空間は身近な大人の行為によって輝いていることが大事だからです。その日のお茶が香り、おやつや昼食の支度が始まっています。生き生きと愛情深くそして静かに働く大人の姿がそこにあります。手仕事テーブルの準備がきちんとされていない時、子ども達の意欲は散漫になります。布切れや糸巻が雑然としていると、子どもの想像力も集中力も雑然としてきます。私達教師が只々、針や糸を渡すことに追われて、子どもの世話ばかりをしていると、子どもの真の喜びと創造性は育ちません。私達が必ず”何かを作る人”であり、それが形としておもちゃになったり、道具になったりすることがとても重要なのです。教師が幼稚園の為に、そして季節の祝祭の為に必要な仕事をしていることを、その一貫した大人の姿から小さい子どもが感じとれる時、生活はいのちと道徳性で満たされると思っています。

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お月さま(年中さん)の時にお誕生日会で子ども達がもらう針山 教師による手づくり

2015年7月1日水曜日

〜えんせいかつより〜2015.7.1

園から毎月発行される「えんだより」からの抜粋です。

〜えんせいかつより〜

4人の可愛らしいお星さまを迎えて、16名でスタートした今年度。お星さまはすっかり幼稚園のリズムにも慣れ、お友だちと遊ぶ楽しさを体いっぱいで表現しています。この3ヶ月で、お陽さまはお陽さまらしく、お月さまはお月さまらしく、豊かに成長している姿を見ることが出来、何よりの喜びです。お星さまを気遣う優しさ、教師の仕事を手伝う手先の確実さ、仲間と遊ぶ時に次々に湧いてくる楽しいアイディア、自分の興味のあるものに注がれる真剣な集中力。幼児期の体験がなによりも大切を感じている私は、子ども達とたくさんの経験を一緒に出来ることを感謝すると共に、子どもの環境として存在していることを忘れずに、誠意をもって過ごすことを心がけます。時々、園の子ども達が20歳になった時のことを想像することがあります。どの子もそれはそれは素敵な大人になっています。日々の生活の延長線上に立派に成長し大人に鳴った子どもとの素敵な出会いが待っていることを時には想像しながら、子育てを楽しみましょう! 
                                  教師 N
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こども園での生活も三年目になりました。子ども数が24名だった1年目、21名だった2年目を思うと、16名の今年度はお部屋もお庭もゆったりしていて、物理的にも精神的にも衝突のストレスがほとんどなく、遊びの内容はその純粋な内面を映し出して、より美しく自分たちの遊びを展開しているように感じます。今年も、子ども達に素晴らしい環境を作ってあげられるよう努力します。どうぞよろしくお願いします。
                                  教師 K
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子どもたちと毎日の園生活をともにするようになってから、3ヶ月が経ちました。はじめは緊張していた子どもたちも、夏に向かって力強さを増す太陽のように、生き生きとしています。お庭では暑い陽ざしのもとで子どもたちが顔を真っ赤にし、汗を流しながら遊んでいます。すのこや板を運び、それをお陽さまが器用に組み合わせて家を作ります。子ども3人がやっと入ることができる小さな家ですが、中からは楽しげな笑い声が聞こえてきて、思わず私も入りたくなるような素敵な家なのです。隣のパラソルの下では、ケーキ屋さんがケーキを作ります。ザルですった白砂や教師が摘みとった草花できれいに飾られたケーキが並び、「ケーキはいかがですか〜!」という活気に満ちた声が庭に響き渡ります。子どもたちが小さなお庭の中で様々な世界と出会い、結びついていくことを実感しています。日々成長して行く子どもたちと、園で過ごす時間をともにできることをうれしく思います。
                                  教師 Y

2015年5月29日金曜日

〜えんせいかつより〜2015.5.29

園から毎月発行される「えんだより」からの抜粋です。

〜えんせいかつより〜

 天のおつかいとしてのハトを子どもたちが持ち帰りました。春の日々に自然界が再び目覚め、いのちの復活をよろこびと共に受けとりました。今、地中のすべてのいのちが太陽の呼びかけに応じて地上に表れ、光の中で戯れています。まだ感覚の豊かであった古代の人びとが太陽と大地の結婚の季節として祝ったように、この季節は天と地の間を自由に飛び交う鳥の囀りが美しく響き、真っ白いハトは天と地を結ぶシンボルなのです。

 そして私たち人間は天と地の間に光の柱としてまっすぐに立ち、天をあおぐ頭で思考力をみがき、2本の足で地上にしっかりと立って仕事ができる存在なのですね。精神的な領域からやってきた子どもの魂が、7年かけて地上の衣をまとい、まっすぐに立ち歩くということは、”人間になる”大事な道すじなのです。軽やかに立ち歩く子どもは正しく考えられる子どもになります。その傍には正しい思考に貫かれた美しい大人の立ち姿がモデルとして必要ということなので心がひきしまります。

 気持ちよく晴れた日に高くのびた園庭の柿の木の下のハシゴに上った教師が枝を切り落とし、子どもたちが何度も蒸し上げては切れないようにそっと広げてザルに並べ、そして2週間ほど天日乾しされました。カラカラに乾いた歯を子どもたちは本当に熱心に両手で揉んで香り高い柿の葉茶ができました。子どもたちは園庭から摘み取られ、自分たちの手仕事を経たレモンバームやミントやこの柿の葉茶が大好きです。手塩にかけたお茶は理解可能で愛着がわき、味わいも深く体験されるのでしょう。これからの季節、梅の仕事も始まります。子どもたちの感覚が豊かに耕されてゆくことを願います。

 子どもたちがまといつつある地上の衣はたくさんの感覚の門がついていて、その門を通じて子どもは世界と親密に出会います。スマホやテレビなどの情報媒体の攻撃から子どもを守る大人の願いは感覚を守る生活の中で叶えられます。

〜・ 〜・ 〜・ 〜・ 〜・ 〜・ 〜・ 〜・ 〜・ 〜・ 〜・ 〜・ 〜・ 〜・ 〜・ 〜・〜・〜

子どもたちがこの時期持ち帰るハト


子どもたちがつくった柿の葉茶